月別アーカイブ: 2018年2月

[短歌]太陽よゆっくり沈め西を向くひとに優しいときを与えて

父や愛犬を失ったときの感覚を、僕は何度も皮膚を剥かれるような痛みだと表現をしてきました。極楽の居場所が西方に在るのだと知り、以来、この痛みは夕焼けに抱いてもらうことにしています。海で、ときどき、同じようにして西の遠くを眺めている人たちを見かけると、その語らいを誰にも邪魔されることのないよう、急がない太陽を願ってしまう理由です。

太陽よゆっくり沈め西を向くひとに優しいときを与えて


[短歌]スヌーピーから教わった休むこと明日は今日より素敵だからね

あした、こんなことがあったらどうしようと不安に落ちたまま夜を過ごすよりも、きっと、こんなことがあるから楽しいに違いないと星たちに笑えるほうが、間違いなく幸せなのだろうと思います。未来は来るのではなく、未来は創っていくものなんだと、足元のスヌーピーが教えてくれました。

スヌーピーから教わった休むこと明日は今日より素敵だからね


[短歌]一滴を僕に注いでくれたからずっと笑っていられたのです

すべてを与えよう、すべてを与えられようとしていたころを思えば、いま、全体のなかの一滴となって、ほんのすこし誰か何かに潤いを与えられていることを幸せだな、と思うのです。届く場所に在るということ、響く場所にあるということ。ここから、すべてに届くのです。ほんの一滴、されど一滴。

一滴を僕に注いでくれたからずっと笑っていられたのです


[短歌]壊さない悲しませない泣かせないそんなすべてが重すぎたかな

大切にすることと押し付けることの違いは、離れてみて、ようやく知ることができました。分かってくれない、のではなく、分からせようとしていたこと。僕の放つ矢印は、どれも重たすぎて傷つけて、未来にはとてもしんどかったですね。自由は軽くて、自由に向かうには重たくて。そんな日々のすべてが、いま、言葉になって、僕らしさを構成しています。

壊さない悲しませない泣かせないそんなすべてが重すぎたかな


[短歌]もう終わるころにひときわ美しくそれぞれに来る次の季節は

そういえば花火大会のフィナーレはひときわ美しく、まもなく静寂が訪れるのでありました。くすんだようになってしまった僕たちのお互いにも、すこしだけ色味が増して終わっていったのでしたね。季節を渡って次のページには、どんな色とテキストで物語が始まっていったのだろうと想像をしてしまうことがあります。

もう終わるころにひときわ美しくそれぞれに来る次の季節は


[短歌]もう今日を疲れたのなら眠ろうかチカラでいるよ明日も未来も

明日に借金を残してしまえばしんどくなりますが、仕切り直しの君のチカラになれるのならば、あえてあえての余力だと考えることにしましょうか。たくわえたエネルギーに、手のひらを重ねるようにして加速をしましょう。だから今はね、あしたへおやすみ。

もう今日を疲れたのなら眠ろうかチカラでいるよ明日も未来も


[俳句]凍て空や さて平成のカレンダー

平成という時代のカレンダーが、もう、あと何枚かをめくるだけになってきました。昭和が平成になった年、僕はランドセルを終えましたが、平成が次代にかわるとき、僕は何を置いてその橋を渡っていくのでしょうか。寒い空の向こうに、どうか光の射し込んだ未来が見えてきますように。

凍て空や さて平成のカレンダー