月別アーカイブ: 2017年3月

[短歌]壊れては涙を添えてばかりいる掴めなかった羽根の行方に

ぐにゃりとしたり、ぐしゃりとしたり、僕の来たこれまでには、いくつもの挫折があって、永遠の冷たい風を送り続けてくる。だから詩を書けるのかもしれないし、だから詩に逃げるのかもしれない。羽根をこぼしてしまったことを、否定はしない。その事実が、いまの僕を形成している。

壊れては涙を添えてばかりいる掴めなかった羽根の行方に


[短歌]お眼鏡に適わなかった原石が今でも雨を見上げてしまう

あの日あの時あの瞬間、どうしていれば運命を変えられたのだろうと思うことがある。それはもう、過去の一点であって、そんなことを考えてばかりいるから、原石はいつまでも磨かれないのかもしれない。「石ころ」とは書かない、安い安いプライド。

お眼鏡に適わなかった原石が今でも雨を見上げてしまう


[川柳]迷路だと思うよ生きているかぎり

悟ったように語る君の近道は、結局やっぱり壁にぶち当たるのであって、僕たちは迷路という王道に生きているのだと考えてたい。右往左往、強がりよりも弱さを放つ。「助けて」と声に出せた人から、すこしだけ、温かい迷路に向かっていくことができる。

迷路だと思うよ生きているかぎり
ふあうすと2017年3月号「明鏡府」掲載


[川柳]忘れ方ばかり忘れてしまうんだ

「忘れたいことを忘れられる薬」とか「大切な人の心臓の鼓動が止まったら、自分の心臓も同じ瞬間に止まる薬」だとか。もしかしたら、とっくにもう、完成しているのかもしれないけれど、引き換えに、悲しみの意味を人が忘れてしまっては困るから公表しないんだ。なんて、どこかの谷にある村で言い伝えられていそうだなって。

忘れ方ばかり忘れてしまうんだ
ふあうすと2017年3月号「明鏡府」掲載