月別アーカイブ: 2016年5月

[川柳]「要するに」から終わらないラビリンス

ようやくやってきた「要するに」。けれど、また、そこから迷宮は続く。迂闊な相槌は良くない。ここは「とりあえず」で切り抜けてみせる。もうすぐだ、きっとゴールはもうすぐだ。「あ、そうそう、それと言い忘れたんだけど」。マケルナニシバタ。

「要するに」から終わらないラビリンス
ふあうすと2016年6月号「明鏡府」掲載


[短歌]高くなくとも凛として生きていく棘の個性よ雨に輝け

高くなくとも凛として生きていく棘の個性よ雨に輝け #短歌 #短歌フォト

Nishibata Yasutakaさん(@bata)が投稿した写真 –

肩書きで呼び合う風潮は嫌いだ。組織ごっこをして、自分の地位を相対的に高めようとするのを見ているとここは自分のいる場所ではないなぁという気がしてくる。自分の高さから見える場所を自分の言葉で伝えていき、共感されていきたいと思う。「嫌い」なんてはっきり言ってしまうことも個性。雨に濡れても色は失くさない。

高くなくとも凛として生きていく棘の個性よ雨に輝け


[川柳]用はないけど電話したかったんだ

生きて生かされているということは、誰かの時間を借りているということ。そんな風に思うから、つい、連絡を先延ばしにしてしまう。明日が同じように来るとは限らず、今日の躊躇は、永遠の沈黙になってしまう可能性もある。何の用もないときにかかってくる電話は、何の用もないからこそ特別な意味があって嬉しい。僕も君の中に生きている、生かされている。

用はないけど電話したかったんだ
ふあうすと2016年6月号「明鏡府」掲載


[短歌]逆風も追い風もある一日の終わりは無理に笑わないでよ

逆風も追い風もある一日の終わりは無理に笑わないでよ #短歌 #短歌フォト

Nishibata Yasutakaさん(@bata)が投稿した写真 –

毎日何十人という人と会って過ごしていれば、お互いに大人の仮面をかぶりあってその場を共有していることが分かるようになる。だからこそ、仮面なく過ごせる距離感は大切にしたい。しんどいときはしんどいままでいいじゃない。浅い呼吸だって認め合える、そんな居場所で。

逆風も追い風もある一日の終わりは無理に笑わないでよ


[短歌]愚痴という弱さを見せてしまってもあなたはそばにいてくれますか

元々睡眠時間は少なくて「眠らない」タイプなのだけれど、最近は「眠れない」から困る。起きていても耳鳴りと動悸が酷くて、心臓が破裂してしまうのではないかと不安に。そしてますます眠るのが怖くなるという悪循環。放つ言葉も尖りがちで、攻撃的になっているのがよく分かる。そんな弱さを見せたところで、背中ばかりを見送ることになるのは百も承知しているのに。

愚痴という弱さを見せてしまってもあなたはそばにいてくれますか


[短歌]純白のままじゃないからこの道で出逢えた人も消えた何かも

純白のままじゃないからこの道で出逢えた人も消えた何かも #短歌 #短歌フォト

Nishibata Yasutakaさん(@bata)が投稿した写真 –

ろ過された水は不味くて、飲めたものでないと理科の先生が教えてくれた。産道を抜けて出てきた僕たちも、この世界の空気にふれた瞬間から、もうそれぞれの色に染まっていて、今日までの歴史の先頭に立っている。こんな色だから重なることもできただろう、こんな色だったから泣いたこともあっただろう。僕は僕を肯定している。だから、それぞれを肯定しあって受け入れあえるようでいたい。白くはない同士。僕も、彼も、君も、誰も。

純白のままじゃないからこの道で出逢えた人も消えた何かも


[短歌]祈るだけでは足りなくて動くから手繰り寄せよう声にしたコト

祈るだけでは足りなくて動くから手繰り寄せよう声にしたコト #短歌 #短歌フォト

Nishibata Yasutakaさん(@bata)が投稿した写真 –

起業は誰にでもできるけれど企業を存続させることは簡単ではないし、夢を語ることは簡単でも夢を実現させることはとても難しい。一生懸命頑張っても、ほかのみんなも同じように一生懸命。違いなんて、そんな簡単には生まれない。確率はいつも50%以下の灰色の未来だけれど、それを動かない言い訳にするのか、動くきっかけとするのか、こういうところからなんだろうなぁと思う。近付くための優先順位。今でなくても良いことと、今でなければならないことと。捨てたり、選んだり、動いたり、動かされたり。

祈るだけでは足りなくて動くから手繰り寄せよう声にしたコト


[川柳]前向きな人が重たい夜でした

解決を求めたいときもあれば、黙ってうなずいていてほしいときもある。そういう空気を敏感に察知して、表情や立ち位置を変えられる人のことは心から尊敬する。聞き上手で寄り添い方のうまい人は、自分の負はどこで解放しているのだろうね。いつかは前へゆく道も、いまは座っていたい、そんな夜の、そんな隣の。

前向きな人が重たい夜でした
ふあうすと2012年1月号「明鏡府」掲載


[短歌]死にたけりゃ遺書でも書いてみてごらん字数は足らず腹も減るから

死にたいと思ったことは一度や二度ではない。遺書らしきものを書いたら「これはもしかして名文なのではないか」と思って元気になったのだから、所詮「死にたい」なんてその程度のものだ。経営難で自殺を考えた友人にも「遺書を書いてみたら?」と提案してみたことがある。言葉を調べて書くのが面倒になったそうで、今ではそのエピソードは酒の席の笑い話になっている。

死にたけりゃ遺書でも書いてみてごらん字数は足らず腹も減るから