月別アーカイブ: 2015年10月

[川柳]黒く鳴くヒト科を笑え カラスたち

不吉の象徴のように言われるカラスたちは、本音と建て前を巧みに使い分ける人間たちの声や表情を眺めてどんな風に思うのだろう。思惑、打算、隠して、笑って、寄って、違えば、背を向けていく軽薄たち。今週は信用や誠意についてたくさん考えさせられることが続いた。正の感情に大きく作用することがあれば、ほんの小石であっても躓いて痛む。

黒く鳴くヒト科を笑え カラスたち
ふあうすと2014年7月号「明鏡府」掲載


[川柳]「買えばいいじゃない」と言われ冬の空

「買ってしまえば?」と言われ(そのお金があればなぁ)と思いながら、作り笑いをしてやり過ごす。ないように見られても土俵に上がれないことがある、たくさんあるように思われると勘違いされてしまうことがある。身の丈でいいのだ、と言い聞かせながら、背伸びをしては息切れをする。生きていくことは優しくない。「無理をしないでね」の言葉に従って散っていった花のことを思い出しながら、数字のことを考えていた。窓の外にはもう、冬の風が吹き始めている。

「買えばいいじゃない」と言われ冬の空
ふあうすと2013年5月号「明鏡府」掲載


[短歌]停止線なんてないのにみぎひだりばかり見ている遠い惑星

漠然と、そんな風になりたいと思い描いているような未来があって、でもそれは、夜景を眺めることのできる高層マンションの最上階に住むというような「それ」という明確な点ではなく、やっぱり「そんな風」だから、言葉にはしづらい。溶けだした絵の具の色は不確かなのに、そんな風な色を再現している人に触れると電気が走る。羨んで眺める僕は、遠いところにいるのではなく、足踏みを繰り返しているのだということを知っている。

停止線なんてないのにみぎひだりばかり見ている遠い惑星


[川柳]長袖が涙を拭いやすくした

いろんな役割があって、役がひとを助けたり、ひとを育んだりする。自分ばかりがどうしてこんな…と思えて、周囲を羨んでしまいそうなとき、彼もまた役を担っていることを忘れてはならない。人知れず涙を拭う彼はいつ、心が休まるのだろうと思う優しさを持てるようでありたい▼西方に極楽があるという。そうかもしれないと思うくらいに、この時期の夕暮れは温かい。

長袖が涙を拭いやすくした
ふあうすと2015年11月号裏表紙


[川柳]風に似た背骨になってくれました

肉親との別離を、僕はよく「千切れる」と表現する。身体の一部、肉片が離れていって再生しない痛みは筆舌に尽くし難い。声にならない絶叫を何度も繰り返してようやく、痛みは背骨のあたりに落ち着いて僕の芯へとなってくれた。背から吹く追い風はいつも温かくて勇気をくれる▼この頃の夕焼けは真っ赤に優しくて、西方に極楽があるといった昔の誰かの気持ちもわかるような気がする。会いたくて、会えなくて、一部になっているのがわかっていて、それでも会いたくて、褒められたくなる自分は、やっぱりまだまだなんだろうな。

風に似た背骨になってくれました
ふあうすと2013年5月号「明鏡府」掲載


[俳句]虫を聴く夜やメールのこころなし

秋の長い夜は宇宙で、五感に触れた全ての何かを詩に表現してみたくなる。求めては鳴く虫の声に耳を傾けていた夜と朝の境目のあたり、仕事に関する生々しい数字のメールが来て液晶が光った。現代は便利になりすぎて、宙と地上にすっかり距離がなくなってしまった。

虫を聴く夜やメールのこころなし


[短歌]夕焼けも誰かにリレーされていく決意ばかりの朝は嫌いだ

「どこか遠くで目覚時計のベルが鳴る、それは送った朝を誰かがしっかりと受け止めた証拠である」と谷川俊太郎さんは『朝のリレー』のなかで教えてくれた。朝はつながれて始まっていく。

前向きな気持ちは大切だけれど、前向きばかりでも疲れる。休んでもいいと思うし、休む勇気は次の強さに繋がるのではないかな。ゴールを見据えていられれば、多少の遅延はあっても良いだろう。夕焼けに抱かれた人の顔はとても優しいものに思われた。朝には満ちたものになっていることだろう、だからいまはしばらく、影となって景色であれ。

夕焼けも誰かにリレーされていく決意ばかりの朝は嫌いだ