月別アーカイブ: 2015年4月

[川柳]逆さまの財布に咳が入ってた

尾崎放哉の「咳をしても一人」という俳句(自由律俳句)は有名だが、彼が神戸の須磨寺に身を置いてしばらくを過ごしたことは意外に知られていない。境内には「こんな良い月をひとりで見て寝る」という句碑もあって、その関係性を知ることができる▼数年前、資金繰りに苦しんでいた僕はこの「逆さまの財布に咳が入ってた」という句を詠んだ。いろんな応援があったけれど「私財を投げ打ってでも援助するよ、君なら大丈夫」と言ってくださった人のおかげで立ち直ることができた。月末が来るたび苦しいのは変わらずとも、月末が来るたび頑張ろうと思えるのはその人の応援があったからこそ。咳をした僕の背には、大きくて温かい手のひらがあったのだという今だから言える話。

逆さまの財布に咳が入ってた
ふあうすと2014年12月号「明鏡府」掲載


[川柳]過去はもう養分にしてハナミズキ

ワシントンへ桜(ソメイヨシノ)を送ったところ、三年後、返礼としてハナミズキが贈られたのだという。また、阪神淡路大震災で被害の大きかった神戸市長田区では、区の木をハナミズキと定め、震災の時に受けた恩を忘れないようにという願いを込めているのだそう。恩は恩へと向かっていき、優しさを帯びて大きくなっていく。5月の季語、ハナミズキ。いま、ここに在ることは誰のどんな恩があってのものか、その意味を噛みしめながら、新緑の時間も走り抜けていく。

過去はもう養分にしてハナミズキ
ふあうすと2015年5月号裏表紙


[短歌]土下座してしまえば彼に重すぎてひゅるりと通る風になるのだ

不快な気持ちにさせてしまったりお叱りをいただいたりして、凹んで、叫びたくなって、逃げ出したくなって、本気のごめんなさいをする。けれど、ごめんなさいが重すぎてもかえって相手を萎縮させてしまうことがある。傲慢は嫌味になるし卑屈は重石になるから、わかっていないような顔をしてわかった行動をする。これしかないのかな、と思う、僕の生き方。

土下座してしまえば彼に重すぎてひゅるりと通る風になるのだ