月別アーカイブ: 2015年3月

[短歌]春の夜は猫も艶めかしくなってにゃーとは違う声で歌うね

朝と夜の線のあたり、春の匂いを感じながら街を散歩する。薄い闇の向こうからは猫の鳴き声が聞こえてきて、この季節独特の甘い語尾をして歌っているようだった。変わっていくし、変わらないものもあるし、変わらなければいけないこともあって、春は色々あるけれど、同じときを過ごしたことをいつか誇らしく馬鹿らしく笑いあえるよう、負けないように生きていく。肩を並べたいと思う人たちがたくさんいる、それってとても素晴らしい人生だね。

春の夜は猫も艶めかしくなってにゃーとは違う声で歌うね


[川柳]泣いた分だけ強くなるはずでした

泣いて強くなるっていうのは、もしかすると無関心になっていくということなのかもしれない。次には泣かない強さが生きる場面もあるだろうけれど、同じことが起きてやっぱり泣いてしまう感受性に惹かれる人だっている。何が正しいとか、どうするべきであるとか、そんな教科書で君も僕も変わっていく未来は、無機質な色をしたロボットばかりが街を支配してしまうのかもね。涙で錆びてしまうロボット同士は、どんな毎日を語り合うのだろう。

泣いた分だけ強くなるはずでした
ふあうすと2014年3月号「明鏡府」掲載


[川柳]祝福の原点というランドセル

事業継承をした経営者の話を聞いた。血の繋がりのない中から後継者を選ぶとき、一番に考えたのは「親御さんからどんな教育を受けているか」という点だったそうだ。親の想いや願い、祈りのすべては子に込められて、いつか咲く花の種となる。ふと、ランドセルや学習机を一緒に選んでくれた、僕のむかしむかしを思い出した▼1月のスタートダッシュ、4月のリスタート。後悔よりも未来を仕切り直していく。あの頃の期待と祈りにこたえるだけの、僕は一生懸命を生き続けられているだろうか。

祝福の原点というランドセル
ふあうすと2015年4月号裏表紙


[短歌]「ひとのこと悪く言うんだあの人は。だから嫌いだ、君もそうだろ?」

人の悪口を言わずに生きていきたいと思うけれど、たぶん、ぜったい、今だって、僕も誰かを笑う言葉を発している。誰かの思う正論も、誰かには悪口に聞こえることがある。それが事実であってもそうでなくても。生き方の理想はあっても過ちを犯してしまうのが僕という人間であるのならば、理想を志しながら、誤っても許されるような存在を目指したいと思う、それくらいでいいんじゃないかなと考えるのは甘い?

「ひとのこと悪く言うんだあの人は。だから嫌いだ、君もそうだろ?」