月別アーカイブ: 2014年4月

[短歌]求人を出す友人の懐に飛び込む吾を想像したり

求人を出す友人の懐に飛び込む吾を想像したり

「くたびれた」を数える正の字が午前中だけで2つも並んだ。隣の芝生を眺めては想像を膨らませた。結局そこからも逃げようとしている自分が浮かんだ。こわがってばかりなんだろうと思った。こわいっていうのは、正の字を数えてばかりいるからだろうとも思った。ぐるぐる、きゅるきゅる、ぐるぐる、きゅるきゅる。負を帯びた言葉を置いて、底に触れる、さて、ここからは上昇の風を掴めるのかどうか、掴むのかどうか。


[川柳]先を行く人も見上げたハナミズキ

先を行く人も見上げたハナミズキ

ハナミズキを何百回と聴いたことがあっても、ハナミズキの花がどんな顔をしているのか知らなかった。「こんな風だよ」を教えてくれる、顔も知らない人たちのつぶやき。その優しさに触れる僕の親指。


[川柳]安物で生きてきたから逢えました

安物で生きてきたから逢えました

「足もとを見れば一流かどうかわかる」と言われると「足もとで一流かどうかを判断する人なんだな」と距離を置いてしまう僕は天邪鬼。ずっと背伸びが続くわけもないし、この際、もう、サンダルのような自分を認めてもらおうかという気にさえなってくる。身の丈という言葉が好きで、同じくらいの高さに共感を覚えてくれる人が好き。「軟骨の唐揚げ」は大歓迎。

ふあうすと2012年9月号「明鏡府」掲載


[川柳]鯉の向くほうから風のたまごたち

鯉の向くほうから風のたまごたち

幼稚園の頃、それぞれの手のひらや色紙で彩られた鯉のぼりを風に泳がせたことを覚えている。背景は原色の青、そして緑。幾年を重ねても鯉に心が踊るのは、まだ少年だった僕が生きているようで、恥ずかしくもあり嬉しくもあり▼鯉の向くほうには風のたまごたちがいて、もう、夏を予感させるエネルギーを運び始めようとしている。目を閉じて風の向きを感じては、どんな汗にしようかと想像を膨らませる。

ふあうすと2014年5月号裏表紙


[短歌]「終バスが出たの、迎えに来てくれる? 熱があるのは気の毒だけど」

「終バスが出たの、迎えに来てくれる? 熱があるのは気の毒だけど」

【チリンチリン】大阪でしか起こらない秀逸なあるある10選を読んで頷くばかり。関西では当たり前のことが、関西以外ではどんな風になるのだろう。「おかん」という絶対的存在の、各地での様相を知りたいと思った。自分のおかんはいつだってマイペース。こっちに熱があっても、お構いなしで用事を頼んでくる。それが嫌いではないと思える、僕もそういう年齢になってきたけれど。


[短歌]「父さん」と叫び続けた夜に吹く桜の風は冷たかったね

「父さん」と叫び続けた夜に吹く桜の風は冷たかったね

父はいつも、人前で挨拶をする僕のことをとても喜んでくれた。通夜と告別式で違う挨拶文を考えて読みあげたのは、そんな父の耳に届けたかったから。「心臓の鼓動が止まっても耳は聞こえている」という話の真偽はわからないけれど、引き裂かれそうな涙が溢れるとき、どんな繋がりの言葉も家族には優しい。今日の短歌は病院での最期のときを思い出して詠んだもの。父は桜が大好きだった。命日の朝、仏壇の前で「今年も満開だね」と話しかける。聞こえているかい。