月別アーカイブ: 2014年3月

[川柳]「転んだ」と笑った母の肩の位置

「転んだ」と笑った母の肩の位置

愛犬ジュニアの命日に母とペット霊園を訪れた。「寂しいよ、戻っておいでよ」と写真に話しかける母の顔には傷、聞けば、家の前で転倒して出来たものらしい。転ぶはずのないような場所で怪我をした母を案じて、僕は声に出さずに五匹の力を貸しておくれと祈りを向けた。あっちに行ってしまった家族、こっちに残っている家族、春は命日が続いて、そのたび、僕は母の元気をお願いするんだろうと思う。

ふあうすと2014年4月号「明鏡府」掲載


[短歌]雨が降るから木は空へ伸びていく土の汚れは届かぬ空へ

雨が降るから木は空へ伸びていく土の汚れは届かぬ空へ

万事塞翁が馬、幸せと不幸せは表裏一体、雨降って地固まる。色々な表現があるけれど、いいことばかりでも悪いことばかりでもないのが人生。「あ、いいことが続いてるな」と思うと、身構えてしまうのも皮肉なものだ。「ほらきた、これがそうか、やっぱりな」なんてわかっていたような顔をして、本当は傷付いて凹んでる。そして次の瞬間には、また、傘をくれて励ましてくれる人を有り難く思ったり。青空も嬉しくて、傘も嬉しくて、青空が怖くて、傘は壊れそうで、面倒な人間だなぁと我ながら感心する。


[川柳]葉桜は次の満開への序章

葉桜は次の満開への序章

夕焼けがバトンを渡す朝のことを、最初に想像したのは誰だろう。巡る時間のどこを区切っても、七転び八起きを教えてくれる季節。転ぶ回数の先に希望があるなら、迷うよりも先に今を走り出したい▼新しいノート、新しいペン、新しい靴に新しいネクタイ。ピカピカのランドセルと同じ魔法が欲しくて、それぞれを新調してみることにした。カタチを変えて新しい風を呼び込む。次を見据えて望むのは「カタチダケデオワリマセンヨウニ」▼事務所も新しくなって、会社のメンバーには新しい命が誕生した。「新」に満ちた春、動かないことが勿体なくて。

ふあうすと2014年4月号裏表紙


[短歌]ショベルカーたちが掘るのは商売を愛した父の「いらっしゃいませ」

ショベルカーたちが掘るのは商売を愛した父の「いらっしゃいませ」

わざと通らないことにしていた場所に、重機たちがいた。気が付けば、記憶のストリートにいる店主たちの顔も変わっている。声を思い出していた。嗄れていて、晩年の、近くて、遠い。


[川柳]ペンと空 詩人は鳥になりたがる

ペンと空 詩人は鳥になりたがる

奏でたピアノが誰かの心を打つように、大記録を打ち立てたスポーツ選手の汗が誰かの心を震わせるように、言葉だって誰かの心の癒しになりたがる。そんな詩人たちの思惑を繋ぐ役割を果たしたいと思うけれど、「ポエム」という言葉で揶揄する層に寂しさを禁じ得ない。誰かは誰かの力になれる。言葉を殺せば人が死ぬということ、言葉に委ねれば人の心は満ちるということ。空を見上げては息を吸うこと、息を吐くこと、それは僕にだって君にだって。

ふあうすと2013年12月号「明鏡府」掲載


[短歌]空っぽの牛舎に風が渦を巻くまだ福島の寒い三月

空っぽの牛舎に風が渦を巻くまだ福島の寒い三月

福島第一原発風下の村(森住卓写真集)を読む。連れていかれる牛の表情、主のいなくなった牛舎。写真からは、怒りや疲れ、空しさが伝わってくる。震災から時間が経つにつれ、少しずつ戻ってきた神戸の灯りは希望の象徴だった。「壊れた」「流された」だけでなく「見えない敵」もいて、福島には、どんな希望が灯っていくのだろう。もう3年とまだ3年と。いろんな想いの人たちの今を思う。


[川柳]逆上がり子供は風にキスをする

逆上がり子供は風にキスをする

啓蟄に舞う雪のなかを、教室から飛び出した子どもたちが走り回っている。関東ではうん十年に一度の雪害となってしまったが、瀬戸内ではきっと十年未来にも色鮮やかに残る白の記憶。同じ寒くなるのであれば、やっぱり雪がいい。会議を終えて見上げた月のとても美しいこと。春の雪、春の月、空はまだ、風はまだ。

ふあうすと2007年3月本社句会「回る」入選