月別アーカイブ: 2014年2月

[短歌]元気って答えることにしていますエンドロールの続く三月

元気って答えることにしていますエンドロールの続く三月

去年の三月といえば愛犬のことに尽きる。つまり、もうすぐ一年。犬と一緒にいることが当たり前ではなくなって、「神戸で一番犬の好きな印刷屋」と表現している自分の会社は嘘つきにはならないだろうか、と、考えることがある。「好きだったんです、可愛くて」と過去形で言ったあと、「勿論、いまも大好きですけど」と付け足してみたりして。こんなこと、聞かされる相手には重たいね。


[川柳]声変わりしてから母の肩の位置

声変わりしてから母の肩の位置

今年になってから、母とは駅前で偶然、顔を合わせただけ。鏡に映る自分の白髪を抜いて過ごしては時間の速度を思うのに、義務や責任という言葉を言い訳にして、大切なことを見て見ぬふりをしているような気がする。会うたび、母は小さくなっていないだろうかと、その肩や背中の位置を眺めてしまう。

ふあうすと2009年4月号「明鏡府」掲載


[川柳]スタートの笛 もう梅が咲いている

スタートの笛 もう梅が咲いている

一月という年の始まりを失敗しても、春という年度のスタートにチャンスはもう一度与えられる。一歩目を見守る、梅の優しさ、桜の華やかさ。軌道修正のアクセルをしっかり踏み直して、舞って薫るトンネルを抜けていけるかどうか▼新しい事務所に移転して、お客様との会話が増えるようになった。陽射しの場所から道行く人を眺めれば、音符を伴った景色がそこに現れる。環境は人を変えて、心を柔らかくしてくれた。変化を求めるには勇気が必要でも、それだけの価値があったと思えることが素直に嬉しい▼お祝いの花たちに包まれて、創る、作る、送る。目には見えないエネルギーを形にしていこう、ちゃんと、しゃんと。

ふあうすと2014年3月号裏表紙


[川柳]後悔はない 忘れてもないけれど

後悔はない 忘れてもないけれど

転落防止の柵のついたベビーベッドにいる、僕を覗き込む親の記憶がある。学校や教科書で習うようなことはこれっぽっちも覚えていないのに、幼少の頃の色や会話は今でもとても鮮明だ。今日までを生きて、様々な取捨選択。自分の選んだことだから後悔はしていないけれど、あっちの道だったらどうだろうと考えることはある。僕は金メダルを取っていただろうか、大人には見えないしゃかりきコロンブスに出逢えていただろうか。

ふあうすと2012年5月号「明鏡府」掲載


[短歌]「雪だから行かない」「どうせ変わらない」「何かくれたら投票するよ」

「雪だから行かない」「どうせ変わらない」「何かくれたら投票するよ」

投票を呼び掛けるようなメッセージを見かけても、行く気のない人の目にはほとんど触れることはないんだろうなぁと思ってしまう。罰則規定を設けたとして、罪になるから投票しなければならないというのもちょっと違う気がする。「期日前投票」という言葉を「投票期間」にしてみるとか、投票しなければおでこに「肉」と書かれてしまうとか。そんなことを考えながら、雪と選挙のニュースを眺めて過ごした。


[川柳]前置きが長いね やがて泣くんだね

前置きが長いね やがて泣くんだね

言いたくて言えなくて、当たり障りのないところから少しずつ核心に迫ろうとする。それに気付かない男の鈍感。機微に触れては「どうしたの?」と優しい言葉をかけることのできる人を尊敬する。涙の気配もわからずに、(この冬、何度肉まんを食べたっけ)なんて温かな想像をしてる、ツメタイヒト。

ふあうすと2013年6月号「明鏡府」掲載


[川柳]教科書を破って夏のふたり乗り

教科書を破って夏のふたり乗り

「これをしなさい」と言われたら、どうすればしないで済むか考えてばかりいた。隣町へ架かる橋を渡れば見知らぬ景色、ありったけの小銭で買い食いなんかもした。「忙しいから」なんて言い訳、いつから常套句になってしまったのだろう。常識、マナー、責任、ルール。くたびれた顔をして大人は、トランペットの響くきーんとした空を思い出して過ごす。

ふあうすと2013年8月号「明鏡府」掲載