月別アーカイブ: 2013年5月

川柳 20130531

節穴でいい身の丈の幸でいい

「双眼鏡で覗くような遠い場所でなくても、足元に咲く花に気付けるかどうかだよ」と語る彼は、これまでに拾ったお金の最高額が五千円であることを教えてくれた。見えすぎて見えなくて苦しむよりも、届くところにある温度に気付けることを幸せと呼びたい。

月刊川柳マガジン200702月号「印象吟(板の箱)」入選作品


川柳 20130530

森という漢字は知っている子ども

リスクある公園の遊具たちは取り除かれ、世間は怪我をしないようにとお膳立てに一生懸命。喉のむせるまで森を駆けた日々が遠い。怪我をしない方法より、怪我をした後のことを知っている人は、強いね。


川柳 20130529

子の憂い聞いてやるのも聞かぬのも

失恋の電話を階下で聞いていたはずの母は、それには何も触れなかった。書棚に隠していた大人の楽しむ写真集を、黙って持ち去った日と同じくらいに、何も聞かないでいてくれたんだ。


川柳 20130528

星の降る今日はいい子にしていよう

ノー残業デーという言葉を「星の降る日」に改めてはどうか。皆で夜空を見上げるために家路を急ぐ日にする。「星の降る日が少なすぎる」と街の人は嘆くだろうか。「毎日どこかで星は降っている」と詩人は言うだろうか。


川柳 20130527

あべこべに映るおまえは幸せか

twitterで二本連続当たりが出たと呟いている人がいた。もしかすると、さっき食べたものが当たっていたのかもしれないとゴミ箱を漁る。そんなわけはなかった。この夏もガリガリ君のお世話になり続けるつもり。

第37回奈良新聞川柳大会「鏡」入賞作品


短歌 20130526

屁理屈で理屈で傷を付けあって会えば一つの影にもどって

火のない所に煙は立たぬというけれど、火事には失火も放火もある。行間を読む優しさもあれば行間を読みすぎる疑心暗鬼もあって、なんだか傷ついたり傷つけあったり。会えば解決することなら、それが一番なのだと思う。背の広さは見送るよりも、もたれる方がきっと。


川柳 20130526

癒えるまで何度も空を夕焼けを

テトラポットに背中を預けて海の音。苛立ちや悲しみを、癒えるまでずっと青に抱いていてもらう。そしてやがて訪れる夕暮れ。その帰り道では、よく、お好み焼きを食べたことを憶えている。


川柳 20130525

もう泣いていいかい夏は陽炎に

夏らしい食べ物を伝えようと「くちの中にTUBEがやってきた。くちの中がBEACH TIMEだ」と言葉を選びかけて、それでは熱唱ではなく、くちの中が熱傷なんだと思ったりする。暑い。


川柳 20130525

川柳の文字の向こうに人がいる

2005年に初めて作った句。ふあうすと川柳社の福島直球さんに「ええですやん」と褒めていただいたことがとても嬉しかった。その一言が、今日まで川柳を続ける原動力になっている。今は空の上から、僕の作句の姿勢をどんな風に見てくれているのだろう。短歌や川柳、徒然なる文章を、チカラを抜いて綴りたくてこのサイトを始めることにした。脱力系万歳。