カテゴリー別アーカイブ: 短歌

[短歌]サイダーの泡を世界に打ち上げてひかりになったひとりとひとり

現代詩歌にはよく「サイダー」という言葉が出現する。俳句の世界では夏の季語としても定着していて、この季節らしい青と白の対比や青春の象徴としても使われやすい言葉となっている。溢れんばかりの炭酸の勢いと爽快感。しかしそれ長くは続かず、次第に気の抜けたものとして、ひとつひとつの点になって消えてしまうのだった。

サイダーの泡を世界に打ち上げてひかりになったひとりとひとり


[短歌]あれ以来僕は詩を書くようになり君は未来を迷わなくなり

折れた枝を見かけて、この子はこれまでに何度咲いて、これから本当は、何度咲くことができたのだろうと考えた。僕も人生で、幾度かの挫折があり、その挫折があったからこそ、言葉を選べるようになったのだとも言える。起きていることには意味がある。傷は未来をつくるのだ。

あれ以来僕は詩を書くようになり君は未来を迷わなくなり


[短歌]終点はそれぞれ違う場所でした隙間を譲りあった僕らの

終点はそれぞれ違う場所でした隙間を譲りあった僕らの #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #山陽電車 #train

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トモニイコウと決めたはずの未来も、傷付けまいと悲しませまいと心を配りすぎてすれ違いが多くなってしまうことがある。どこかに、確実に、分岐点はあった。いまなら思える「あの時かな」という瞬間も、思ったところで、もうどうにもならない過去の淡い一点だ。

終点はそれぞれ違う場所でした隙間を譲りあった僕らの


[短歌]足し算をしすぎて重くなりました引けるわけなどないのだけれど

足し算をしすぎて重くなりました引けるわけなどないのだけれど #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #若葉のころ

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想いが重いと荷物になって、あいだには川ができてしまう。とはいえ、想いが軽いと、今度は風に飛ばされて、僕は僕でいられなくなってしまう。結局、足し算ばかりで、大切なものを壊し続けてしまった。一生懸命に想いすぎてしまった、それもまた、昔むかしの物語。

足し算をしすぎて重くなりました引けるわけなどないのだけれど


[短歌]この風に吐息をすこしだけ足して握りこぶしに未練のカタチ

この風に吐息をすこしだけ足して握りこぶしに未練のカタチ #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #大蔵海岸 #beach

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「この拳が君を守るため傷付いてもいいから」という歌詞があった。それはもちろん「守りたい」という男の承認欲求のたとえなのだろうけれど、用をなさなかった拳には、ため息と昔の風だけが触れて抜けていくことになる。昔は、こんな未来が来るだなんて、これっぽっちも想像をしなかったんだろうな。

この風に吐息をすこしだけ足して握りこぶしに未練のカタチ


[短歌]新しいコンクリートが増えてゆき青葉のころは遠くなったね

僕の住む町の駅前は急速に開発が進んで、今も心に残る音や匂いのある景色たちはすべて一掃されてしまった。手を伸ばせた届きそうだった空も、いまはコンクリートのてっぺんに、ぐんと押し上げられてしまった感じがする。若葉の頃の記憶はどんどん遠くになってゆく。

新しいコンクリートが増えてゆき青葉のころは遠くなったね


[短歌]制約のある空だって気付いてた見ない振りして笑いあってた

少しずつ大人になっていく。少しずつ折り合いをつけないといけないことがわかっていく。分かっていて、変わらない振りをする、見ない振りをする。笑っているだけでは解決しないこと。笑っているしかできないことが痛かった。

制約のある空だって気付いてた見ない振りして笑いあってた


[短歌]死んだって忘れるもんか僕たちが僕たちなりの正義だったと

死んだって忘れるもんか僕たちが僕たちなりの正義だったと #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #still

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誰かによって決められた色ではなく、僕たちは僕たちなりの正義を抱えていたのだろうと思う。風に晒された正義が綻んだとき、僕はまだ、なんの守り方も心得てはいなかった。僕たちの内側で強かった正義は、外に向けて、これっぽっちも強さを持たなかったこと。今ならどうするだろうと、何度も空想してしまうことがある。

死んだって忘れるもんか僕たちが僕たちなりの正義だったと


[短歌]引力を狂わせたのは教室の外の宇宙を分け合ったから

空の下では法則もルールもなにもなくて、夢中で宇宙を分け合った。無限に続く時間で、夢と未来を躊躇なく語り合えたのに、どの分岐点から僕たちの風はおかしくしまったのだろう。引力が狂ってしまうくらい、狂おしいくらいのあの頃だった。

引力を狂わせたのは教室の外の宇宙を分け合ったから


[短歌]幸せになってほしいのではなくてしてやりたくてしてやれなくて

その後の幸せを心から願える人は大きい。僕は小さくて、笑顔と、どこかすこしだけ、曇った表情を想ったりもしてしまう。幸せには、なってほしいのではなくてしてやりたかった。こんな性格だから、してやれなかったことは承知しているのだけれど。

幸せになってほしいのではなくてしてやりたくてしてやれなくて


[短歌]やわらかくしてくれるのは風じゃなく光でもなく言葉でもなく

居心地、居場所、温度、秘密基地。仮面を脱ぎ捨てて過ごすことのできる共有や共感の空間は、人生に幾度も現れるわけではない。言葉を生業にする僕が、言葉がいらないと思ったあのドアの向こうには、やわらかい空気だけが満ちていた。

やわらかくしてくれるのは風じゃなく光でもなく言葉でもなく


[短歌]入口はあって出口はないのだと若葉マークの僕らでしたね

燃え上がったころを思い返せば、その後いつ、どこでどんな風にして角を曲がってしまったのか、不思議な気持ちになってしまう。アクセルとブレーキ、そしてハンドリング。いろんな要素が必要だったはずなのに、なぜか道はまっすぐに進むのだと信じていた若葉マークのころ。今ならあの道へ、もっと上手に合流ができたでしょうか。

入口はあって出口はないのだと若葉マークの僕らでしたね


[短歌]自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く

自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #花 #flowers #be_humble

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自分のことを「敏腕デザイナー」と自称している人がいた。たとえば僕が「明石の福山雅治です」と自称するのと同じような冗談だろうと思っていたが、どうやら真面目に書いているらしい。本当に敏腕なのかどうかは分からないが、自分のことを敏腕と書いてしまっても、それを周囲の誰も止めることはないんだな、と不思議な気持ちになった。「私は綺麗でしょう?」と言って咲く花はなく、空を見て静かに咲くのだということ。謙虚はかくも美しい。

自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く


[短歌]カタカナは嫌いですねんいちびった人は苦手や「毎度おおきに」

オルタナティブ、キャズム、アグリー、インバウンド、アセット、エビデンス、クロージング、アライアンス、マター、コミット、コンセンサス、スキーム、プライオリティ、ブレスト、ペンディング、マイルストーンなんてカタカナを並べられると「焼飯、餃子、饅頭、焼売、団子、拉麺」と漢字を並べて応酬したくなる。難しいことはよく分からないが「毎度おおきに」という言葉の好きな僕は、根っからの商売人なんだろうとは思う。

カタカナは嫌いですねんいちびった人は苦手や「毎度おおきに」


[短歌]壊したり直したりした日々だけがとても綺麗に輝いている

背中を見せられても、追いかけて、回り込んでごめんと謝った。謝りあえるのが当然だと思っていた。壊したり直したりした日々。いつか、当たり前が当たり前ではなくなって、冷たい風が間を抜けていくようになる。「自分は悪くはない」という主張は、ただの安いプライドで、それによって大きな代償を払っていくことになった。まだ間に合った頃。あの日々だけが、とても綺麗に輝いている。

壊したり直したりした日々だけがとても綺麗に輝いている


[短歌]太陽を追いかけてゆく月として離れた部屋の汗と涙は

僕が太陽でいられるとき、月はどこかで闇を引き連れている。光は闇に、闇は光によって存在できるが、闇は光のためとも、光は闇のためとも驕らず、ただ当然にそこで役割を果たす。「僕は君のために」と思って流す汗と涙が打算的なあいだは、僕は本当の光にも闇もなれないのだろうなぁと思う。

太陽を追いかけてゆく月として離れた部屋の汗と涙は


[短歌]花の名を知らないことは不幸だと幸せそうに笑った君は

花の名を知らないことは不幸だと幸せそうに笑った君は #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #花 #flower

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花の名前をたくさん知っている人はやっぱり幸せそうだ。最近では、空や雲の名前にまで詳しい人がいる。僕は40年を生きて、いろんな人に出会い、出会うたび、僕の知らないたくさんの何かに気付かされる。知らないことは不幸かもしれないけれど、知らないことに気付けることもまた幸せで、僕たちはお互いの足りない何かを補って生きているのだということを知る。

花の名を知らないことは不幸だと幸せそうに笑った君は


[短歌]笑わせるとは笑われることじゃない舞台に削る命のカケラ

笑わせるとは笑われることじゃない舞台に削る命のカケラ #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #着ぐるみ #本番

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僕は常に笑わせると笑われるの違いを強く意識している。笑われることは簡単だ。でも、笑わせることはとても難しい。自分のことを良く見せたいと思う人間の本質を超越して、自分を落として相手の幸せに貢献する。自分がいて、相手がいるのではなく、相手がいて、自分がいるのである。笑わせるためには、想像力をフル回転させなければならない。

笑わせるとは笑われることじゃない舞台に削る命のカケラ


[短歌]繋がっていた日々だけを遠ざけて昔語りをするのでしょうか

せめて思い出の一枚にありたいと思うけれど、昔語りの場面では、上手にそこだけを回避されているのだろうか、と、自虐。同じ時間を過ごした同士も、今いる場所からは、どんな景色になって見えるのだろうね。遠ざけてみるのも人生、歌にしてみるのも人生。あれからの色々。

繋がっていた日々だけを遠ざけて昔語りをするのでしょうか


[短歌]時々は弱いところを見せたくて見せられなくて仰いだ空は

時々は弱いところを見せたくて見せられなくて仰いだ空は #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #tree #ok_to_cry

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空にだけ見せた涙の理由を後で語れば、強がりは単なる遠回りだったということを知る。それが格好の良いことだと思い込んで、素直になれなかったプライド。弱い自分を見せるのは難しいことだが、とても温かいことでもある。受け入れてくれる存在の広さ、大きさ。こんな自分でも。だ。

時々は弱いところを見せたくて見せられなくて仰いだ空は