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[川柳]鮎跳ねる川 泣き虫はもういない

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訪れたことのない四万十川を想像して詠んだ句を思い出した。ここは兵庫県北部の養父市、大屋川。しばらく身を置いて、そうか、心が洗われるとはこういうことを言うのだなと実感した。ぼくの中に流れる汚れた水はすこし浄化されて、また、現実へと戻っていく。

鮎跳ねる川 泣き虫はもういない
四万十川川柳全国大会入賞句


[短歌]サイダーの泡を世界に打ち上げてひかりになったひとりとひとり

現代詩歌にはよく「サイダー」という言葉が出現する。俳句の世界では夏の季語としても定着していて、この季節らしい青と白の対比や青春の象徴としても使われやすい言葉となっている。溢れんばかりの炭酸の勢いと爽快感。しかしそれ長くは続かず、次第に気の抜けたものとして、ひとつひとつの点になって消えてしまうのだった。

サイダーの泡を世界に打ち上げてひかりになったひとりとひとり


[短歌]あれ以来僕は詩を書くようになり君は未来を迷わなくなり

折れた枝を見かけて、この子はこれまでに何度咲いて、これから本当は、何度咲くことができたのだろうと考えた。僕も人生で、幾度かの挫折があり、その挫折があったからこそ、言葉を選べるようになったのだとも言える。起きていることには意味がある。傷は未来をつくるのだ。

あれ以来僕は詩を書くようになり君は未来を迷わなくなり


[短歌]終点はそれぞれ違う場所でした隙間を譲りあった僕らの

終点はそれぞれ違う場所でした隙間を譲りあった僕らの #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #山陽電車 #train

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トモニイコウと決めたはずの未来も、傷付けまいと悲しませまいと心を配りすぎてすれ違いが多くなってしまうことがある。どこかに、確実に、分岐点はあった。いまなら思える「あの時かな」という瞬間も、思ったところで、もうどうにもならない過去の淡い一点だ。

終点はそれぞれ違う場所でした隙間を譲りあった僕らの


[短歌]足し算をしすぎて重くなりました引けるわけなどないのだけれど

足し算をしすぎて重くなりました引けるわけなどないのだけれど #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #若葉のころ

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想いが重いと荷物になって、あいだには川ができてしまう。とはいえ、想いが軽いと、今度は風に飛ばされて、僕は僕でいられなくなってしまう。結局、足し算ばかりで、大切なものを壊し続けてしまった。一生懸命に想いすぎてしまった、それもまた、昔むかしの物語。

足し算をしすぎて重くなりました引けるわけなどないのだけれど


[短歌]この風に吐息をすこしだけ足して握りこぶしに未練のカタチ

この風に吐息をすこしだけ足して握りこぶしに未練のカタチ #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #大蔵海岸 #beach

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「この拳が君を守るため傷付いてもいいから」という歌詞があった。それはもちろん「守りたい」という男の承認欲求のたとえなのだろうけれど、用をなさなかった拳には、ため息と昔の風だけが触れて抜けていくことになる。昔は、こんな未来が来るだなんて、これっぽっちも想像をしなかったんだろうな。

この風に吐息をすこしだけ足して握りこぶしに未練のカタチ


[短歌]新しいコンクリートが増えてゆき青葉のころは遠くなったね

僕の住む町の駅前は急速に開発が進んで、今も心に残る音や匂いのある景色たちはすべて一掃されてしまった。手を伸ばせた届きそうだった空も、いまはコンクリートのてっぺんに、ぐんと押し上げられてしまった感じがする。若葉の頃の記憶はどんどん遠くになってゆく。

新しいコンクリートが増えてゆき青葉のころは遠くなったね


[短歌]制約のある空だって気付いてた見ない振りして笑いあってた

少しずつ大人になっていく。少しずつ折り合いをつけないといけないことがわかっていく。分かっていて、変わらない振りをする、見ない振りをする。笑っているだけでは解決しないこと。笑っているしかできないことが痛かった。

制約のある空だって気付いてた見ない振りして笑いあってた


[短歌]死んだって忘れるもんか僕たちが僕たちなりの正義だったと

死んだって忘れるもんか僕たちが僕たちなりの正義だったと #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #still

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誰かによって決められた色ではなく、僕たちは僕たちなりの正義を抱えていたのだろうと思う。風に晒された正義が綻んだとき、僕はまだ、なんの守り方も心得てはいなかった。僕たちの内側で強かった正義は、外に向けて、これっぽっちも強さを持たなかったこと。今ならどうするだろうと、何度も空想してしまうことがある。

死んだって忘れるもんか僕たちが僕たちなりの正義だったと


[短歌]引力を狂わせたのは教室の外の宇宙を分け合ったから

空の下では法則もルールもなにもなくて、夢中で宇宙を分け合った。無限に続く時間で、夢と未来を躊躇なく語り合えたのに、どの分岐点から僕たちの風はおかしくしまったのだろう。引力が狂ってしまうくらい、狂おしいくらいのあの頃だった。

引力を狂わせたのは教室の外の宇宙を分け合ったから


[短歌]幸せになってほしいのではなくてしてやりたくてしてやれなくて

その後の幸せを心から願える人は大きい。僕は小さくて、笑顔と、どこかすこしだけ、曇った表情を想ったりもしてしまう。幸せには、なってほしいのではなくてしてやりたかった。こんな性格だから、してやれなかったことは承知しているのだけれど。

幸せになってほしいのではなくてしてやりたくてしてやれなくて


[俳句]それぞれの一コマがあり五月空

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風の近くなる五月は、どの場所を千切ってもエネルギーに満ちていて、それぞれが景色になる。背中たちを借りた写真にはいろいろな思惑と会話がありそうで楽しい。

それぞれの一コマがあり五月空


[俳句]泣き虫の泣き止むように鯉のぼり

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お客さんのお子さんに数か月数年ぶりに会うと、その成長に驚かされる。5月の風は鯉のぼりのためにあって、健やかに育ってほしいという想いたちが空を泳ぐ。川を渡るほどの大きな鯉には、親だけでなく、地域の人たちの願いも込めらていよう。優しい景色だ。

泣き虫の泣き止むように鯉のぼり


[短歌]やわらかくしてくれるのは風じゃなく光でもなく言葉でもなく

居心地、居場所、温度、秘密基地。仮面を脱ぎ捨てて過ごすことのできる共有や共感の空間は、人生に幾度も現れるわけではない。言葉を生業にする僕が、言葉がいらないと思ったあのドアの向こうには、やわらかい空気だけが満ちていた。

やわらかくしてくれるのは風じゃなく光でもなく言葉でもなく


[俳句]夏立つや風を纏ひて文庫本

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季節を連れてくる風に抱かれて喧騒のなかでする読書は、自分の世界を色濃くしてくれる。ケータイを見ないと決めてしばらく、活字だけを追いかける。気が付けば時間だけの過ぎている感覚は究極の贅沢だ。

夏立つや風を纏ひて文庫本


[俳句]留守番の聞きたる声や夏近し

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飼い主たちの行方や帰りを気にしている犬たちの表情がたまらなく好き。僕は5匹の家族たちと人生を共に歩んできたけれど、彼らはこんな風にして僕を待っていてくれただろうかと考えてしまう。街で見かける優しい表情たちに、もう天国へ行ってしまった家族たちのことを考え、そして、何度生まれ変わってもまた、出逢いたい、と、心から思う。

留守番の聞きたる声や夏近し


[短歌]入口はあって出口はないのだと若葉マークの僕らでしたね

燃え上がったころを思い返せば、その後いつ、どこでどんな風にして角を曲がってしまったのか、不思議な気持ちになってしまう。アクセルとブレーキ、そしてハンドリング。いろんな要素が必要だったはずなのに、なぜか道はまっすぐに進むのだと信じていた若葉マークのころ。今ならあの道へ、もっと上手に合流ができたでしょうか。

入口はあって出口はないのだと若葉マークの僕らでしたね


[短歌]自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く

自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #花 #flowers #be_humble

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自分のことを「敏腕デザイナー」と自称している人がいた。たとえば僕が「明石の福山雅治です」と自称するのと同じような冗談だろうと思っていたが、どうやら真面目に書いているらしい。本当に敏腕なのかどうかは分からないが、自分のことを敏腕と書いてしまっても、それを周囲の誰も止めることはないんだな、と不思議な気持ちになった。「私は綺麗でしょう?」と言って咲く花はなく、空を見て静かに咲くのだということ。謙虚はかくも美しい。

自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く


[短歌]カタカナは嫌いですねんいちびった人は苦手や「毎度おおきに」

オルタナティブ、キャズム、アグリー、インバウンド、アセット、エビデンス、クロージング、アライアンス、マター、コミット、コンセンサス、スキーム、プライオリティ、ブレスト、ペンディング、マイルストーンなんてカタカナを並べられると「焼飯、餃子、饅頭、焼売、団子、拉麺」と漢字を並べて応酬したくなる。難しいことはよく分からないが「毎度おおきに」という言葉の好きな僕は、根っからの商売人なんだろうとは思う。

カタカナは嫌いですねんいちびった人は苦手や「毎度おおきに」


[短歌]壊したり直したりした日々だけがとても綺麗に輝いている

背中を見せられても、追いかけて、回り込んでごめんと謝った。謝りあえるのが当然だと思っていた。壊したり直したりした日々。いつか、当たり前が当たり前ではなくなって、冷たい風が間を抜けていくようになる。「自分は悪くはない」という主張は、ただの安いプライドで、それによって大きな代償を払っていくことになった。まだ間に合った頃。あの日々だけが、とても綺麗に輝いている。

壊したり直したりした日々だけがとても綺麗に輝いている