[俳句]泣き虫の泣き止むように鯉のぼり

泣き虫の泣き止むように鯉のぼり #俳句 #写真俳句 #フォト俳句 #言葉 #詩 #こいのぼり #こどもの日 #神戸市兵庫区

Nishibata Yasutaka / 西端 康孝さん(@bata)がシェアした投稿 –

お客さんのお子さんに数か月数年ぶりに会うと、その成長に驚かされる。5月の風は鯉のぼりのためにあって、健やかに育ってほしいという想いたちが空を泳ぐ。川を渡るほどの大きな鯉には、親だけでなく、地域の人たちの願いも込めらていよう。優しい景色だ。

泣き虫の泣き止むように鯉のぼり


[短歌]やわらかくしてくれるのは風じゃなく光でもなく言葉でもなく

居心地、居場所、温度、秘密基地。仮面を脱ぎ捨てて過ごすことのできる共有や共感の空間は、人生に幾度も現れるわけではない。言葉を生業にする僕が、言葉がいらないと思ったあのドアの向こうには、やわらかい空気だけが満ちていた。

やわらかくしてくれるのは風じゃなく光でもなく言葉でもなく


[俳句]夏立つや風を纏ひて文庫本

夏立つや風を纏ひて文庫本 #俳句 #フォト俳句 #俳句写真 #言葉 #詩 #立夏

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季節を連れてくる風に抱かれて喧騒のなかでする読書は、自分の世界を色濃くしてくれる。ケータイを見ないと決めてしばらく、活字だけを追いかける。気が付けば時間だけの過ぎている感覚は究極の贅沢だ。

夏立つや風を纏ひて文庫本


[俳句]留守番の聞きたる声や夏近し

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飼い主たちの行方や帰りを気にしている犬たちの表情がたまらなく好き。僕は5匹の家族たちと人生を共に歩んできたけれど、彼らはこんな風にして僕を待っていてくれただろうかと考えてしまう。街で見かける優しい表情たちに、もう天国へ行ってしまった家族たちのことを考え、そして、何度生まれ変わってもまた、出逢いたい、と、心から思う。

留守番の聞きたる声や夏近し


[短歌]入口はあって出口はないのだと若葉マークの僕らでしたね

燃え上がったころを思い返せば、その後いつ、どこでどんな風にして角を曲がってしまったのか、不思議な気持ちになってしまう。アクセルとブレーキ、そしてハンドリング。いろんな要素が必要だったはずなのに、なぜか道はまっすぐに進むのだと信じていた若葉マークのころ。今ならあの道へ、もっと上手に合流ができたでしょうか。

入口はあって出口はないのだと若葉マークの僕らでしたね


[短歌]自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く

自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #花 #flowers #be_humble

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自分のことを「敏腕デザイナー」と自称している人がいた。たとえば僕が「明石の福山雅治です」と自称するのと同じような冗談だろうと思っていたが、どうやら真面目に書いているらしい。本当に敏腕なのかどうかは分からないが、自分のことを敏腕と書いてしまっても、それを周囲の誰も止めることはないんだな、と不思議な気持ちになった。「私は綺麗でしょう?」と言って咲く花はなく、空を見て静かに咲くのだということ。謙虚はかくも美しい。

自慢とか武勇伝とか個性とか花は静かに空を見て咲く


[短歌]カタカナは嫌いですねんいちびった人は苦手や「毎度おおきに」

オルタナティブ、キャズム、アグリー、インバウンド、アセット、エビデンス、クロージング、アライアンス、マター、コミット、コンセンサス、スキーム、プライオリティ、ブレスト、ペンディング、マイルストーンなんてカタカナを並べられると「焼飯、餃子、饅頭、焼売、団子、拉麺」と漢字を並べて応酬したくなる。難しいことはよく分からないが「毎度おおきに」という言葉の好きな僕は、根っからの商売人なんだろうとは思う。

カタカナは嫌いですねんいちびった人は苦手や「毎度おおきに」


[短歌]壊したり直したりした日々だけがとても綺麗に輝いている

背中を見せられても、追いかけて、回り込んでごめんと謝った。謝りあえるのが当然だと思っていた。壊したり直したりした日々。いつか、当たり前が当たり前ではなくなって、冷たい風が間を抜けていくようになる。「自分は悪くはない」という主張は、ただの安いプライドで、それによって大きな代償を払っていくことになった。まだ間に合った頃。あの日々だけが、とても綺麗に輝いている。

壊したり直したりした日々だけがとても綺麗に輝いている


[短歌]太陽を追いかけてゆく月として離れた部屋の汗と涙は

僕が太陽でいられるとき、月はどこかで闇を引き連れている。光は闇に、闇は光によって存在できるが、闇は光のためとも、光は闇のためとも驕らず、ただ当然にそこで役割を果たす。「僕は君のために」と思って流す汗と涙が打算的なあいだは、僕は本当の光にも闇もなれないのだろうなぁと思う。

太陽を追いかけてゆく月として離れた部屋の汗と涙は


[短歌]花の名を知らないことは不幸だと幸せそうに笑った君は

花の名を知らないことは不幸だと幸せそうに笑った君は #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #花 #flower

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花の名前をたくさん知っている人はやっぱり幸せそうだ。最近では、空や雲の名前にまで詳しい人がいる。僕は40年を生きて、いろんな人に出会い、出会うたび、僕の知らないたくさんの何かに気付かされる。知らないことは不幸かもしれないけれど、知らないことに気付けることもまた幸せで、僕たちはお互いの足りない何かを補って生きているのだということを知る。

花の名を知らないことは不幸だと幸せそうに笑った君は


[短歌]笑わせるとは笑われることじゃない舞台に削る命のカケラ

笑わせるとは笑われることじゃない舞台に削る命のカケラ #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #着ぐるみ #本番

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僕は常に笑わせると笑われるの違いを強く意識している。笑われることは簡単だ。でも、笑わせることはとても難しい。自分のことを良く見せたいと思う人間の本質を超越して、自分を落として相手の幸せに貢献する。自分がいて、相手がいるのではなく、相手がいて、自分がいるのである。笑わせるためには、想像力をフル回転させなければならない。

笑わせるとは笑われることじゃない舞台に削る命のカケラ


[短歌]繋がっていた日々だけを遠ざけて昔語りをするのでしょうか

せめて思い出の一枚にありたいと思うけれど、昔語りの場面では、上手にそこだけを回避されているのだろうか、と、自虐。同じ時間を過ごした同士も、今いる場所からは、どんな景色になって見えるのだろうね。遠ざけてみるのも人生、歌にしてみるのも人生。あれからの色々。

繋がっていた日々だけを遠ざけて昔語りをするのでしょうか


[短歌]時々は弱いところを見せたくて見せられなくて仰いだ空は

時々は弱いところを見せたくて見せられなくて仰いだ空は #短歌 #短歌フォト #フォト短歌 #言葉 #詩 #tree #ok_to_cry

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空にだけ見せた涙の理由を後で語れば、強がりは単なる遠回りだったということを知る。それが格好の良いことだと思い込んで、素直になれなかったプライド。弱い自分を見せるのは難しいことだが、とても温かいことでもある。受け入れてくれる存在の広さ、大きさ。こんな自分でも。だ。

時々は弱いところを見せたくて見せられなくて仰いだ空は


[短歌]てっぺんに神様がいて僕たちは遠くを祈りあったのでした

観覧車のてっぺんの魔法に辿り着くまで、箱には、未来ばかりの言葉が満ちる。そして静寂。ロマンティックな永遠を誰だって一度は憧れただろうし、その永遠をずっと苦しむことになった人だっているだろう。遠く遠くを祈りあった日々はもう、遠く遠くの日々になってしまった。

てっぺんに神様がいて僕たちは遠くを祈りあったのでした


[短歌]散る前の五秒を笑いあいたいね今日の足跡ひとひらの文

得意なことが多くない僕は、せめて今この瞬間の景色と感情を言葉で表現して残せるようでありたいと願う。今日を残して、今日を重ねて、いつか散り際に、もう十分に綴ったからと笑いあって去ってゆく。目を瞑る瞬間は、笑顔であってほしい。

散る前の五秒を笑いあいたいね今日の足跡ひとひらの文


[短歌]白と黒だけが世界と決めるのはもったいないと思いませんか

完膚無きまでに他人を叩いて自分の白を認めようとする。罪人は二度とは再生してはならないのだろうか。曖昧な色のあたりを温度と呼びたい。僕はずっとそんな風に思っている。それはたぶん、ずっと許されたがっている僕自身、幾多の咎があるからだろう。

白と黒だけが世界と決めるのはもったいないと思いませんか


[俳句]冴え返る風を数ふる待ちぼうけ

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「冴え返る」とは、春になっていったん緩んだ寒さがまたぶり返すという意味があるのだそうだ。つまり春の季語。美しい表現で、いつか使ってみたいと考えていたところに、それっぽい冷たい風が吹いて夕暮れの空気が澄んだ。カメラを構えて、言葉を添える。写真も季語も、いつでも使えるように準備しておくことが大切なのだ。

冴え返る風を数ふる待ちぼうけ


[短歌]五線譜にソラをたくさん描きまシたドんなミラいも和音でいよう

僕は言葉を音から先に考える。誰が聞いたら、どんな風に響くのか。音の聞こえた言葉は、理屈ではなく、感情の真ん中に届いていく。世の中には、音符にしたいものがたくさんあって悩ましい。和音ばかりは、これからもずっと。

五線譜にソラをたくさん描きまシたドんなミラいも和音でいよう


[俳句]花散るや画布は小さな風をして

花散るや画布は小さな風をして #俳句 #フォト俳句 #写真俳句 #言葉 #詩 #さくら #散る桜残る桜も散る桜

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この星の歴史を構成するひとひらになりたいと思っていた少年の大志は、時を重ねて、いつか咲くことよりも、いつかの散り方について考えるようになってしまった。薄紅の絨毯さえも美しい、僕はそんな、のちの影響になることができるだろうか。

花散るや画布は小さな風をして


[短歌]道徳の教科書通り生きていくそれが幸せなのだとすれば

鉄の塊だって鳥になれるのだということは、常識を否定した瞬間に生まれた概念なのではないだろうか。倫理や道徳、法律やルール。破いた先にあるものを、誰だって憧れていて踏み出せないジレンマ。想像だけは自由だね。

道徳の教科書通り生きていくそれが幸せなのだとすれば